ハドソン川の奇跡

実話でいい映画、しかし結局アメリカ万歳の映画?


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映画 「ハドソン川の奇跡」

とても良い映画で見ておくべき映画だと思うが・・・・

「ハドソン川の奇跡」、事故直後の夜の場面から始まる。ハドソン川に不時着水した機長の苦悩が表現され、その後の流れを見ることがしんどいくらいに引き込まれた。悪夢を見る、眠れない、機長だって、PTSDを発症する可能性もあるよねと思いながら、事故直後の諸々の流れを見るのは辛かった。

公聴会で検証(立証)とボイスレコーダーを聴く場面は実際の飛行機事故の恐ろしさと、機長の素晴らしさが伝わり目頭が熱くなった。

しかし、最後にそれをすべてぶち壊された感じがした。それは、最後に、救助後のハドソン川の様子の後ろに星条旗が映ったのだ。ニューヨーク市民を称える言葉と一緒に映る映像だった。本当にがっかりした。「結局、アメリカ万歳なの?」と歪んだ見方の私。

エンドロールでは、事故機の前で談笑する機長と事故に合った人たちのパーティーの場面が流された。そこの機長は英雄だった。あまりにもトム・ハンクスから受けたイメージと違い過ぎて、またもやガッカリした。トム・ハンクス扮する機長からは自分が英雄とは思っていない感じを受けていた。唯一自分たちの行動を称えたのは、公聴会で立証の時(ボイスレコーダーを聴いた後に)、副操縦士に「誇らしい」と言った言葉だけだ。

「誇らしい」と言った言葉は、苦悩していた機長を見ていた私にとって「救い」だったと思う。これで、トムハンクス扮する機長は苦悩から脱することができると感じた一言だった。

「ハドソン川の奇跡」ストーリーの流れがいい

監督はクリント・イーストウッド監督。

当然、搭乗場面からか、その前の場面くらいから始まるのかなと思っていると、なんと、事故の翌朝の場面から始まる。155人の命を救った英雄の顔ではなく、悪夢で目覚め、何かを振り払うかのように街中をランニング。英雄と称賛されるが一方で過失を疑われる。

ストーリーの流れの中で幾度となく不時着水に至る経過が回想として流れる。最初の悪夢と過失を疑われる場面で、完全にストーリーに引きずり込まれ、速く決着がついて欲しいと思った。その苦悩があるから、「誇らしい」が生きてくるのだと思う。上手いストーリーの組み立て方だなと思った。

ハドソン川の奇跡の真実 英雄がなぜ容疑者になったのか

2009年1月15日午後3時30分頃、高度850mの事故である。ニューヨークのラガーディア空港を離陸したUSエアウェイズ1549便のエンジンに鳥が入り、両エンジンが停止してしまうという事故だ。鳥の事故は防ぐことは難しいらしいが、片方のエンジンに入ったとしても、もう片方のエンジンである程度は飛ぶことができるらしい。

両方のエンジン停止後、ラガーディア空港に戻るか、テターボロ空港へ着陸することも考慮するが無理と判断、ハドソン川に着水する。エンジン停止から着水までの時間はわずか208秒であった。その間に決断し、乗客・乗務員155名全員の命を救った。

メディアは「ハドソン川の奇跡」と称賛したが、その一方で、ラガーディア空港かテターボロ空港に向かうことが可能だったのではないかと専門家は、機長の判断ミスであると過失の疑いをかける。コンピューターの検証でも機長の判断ミスを立証しようとする。「国家運輸安全委員会(NTSB)」に呼ばれ、過失ではないか、飲酒や薬はもちろん、家庭の事情まで質問される。

法外な保険金の支払いを逃れるため?

法外な保険金の支払いを逃れるために、機長の過失にする必要があったのではないか。

コンピューターでの検証

コンピューターでの検証は人為的な判断にかかる時間の経過などは含まれていない。コンピューターの判断だけに任せると危険。

マスコミの怖さ

マスコミの影響力は大きいと再確認した。

事故の原因の追究

事故の直接の原因が機長になかったとしても、人為的なミスがないかを追求される。それは機長の精神面のケアよりも優先されるように感じ取った。

ハドソン川の奇跡のその後

事故機の機体はカロライナズ航空博物館で一般公開されている。機長は、2009年10月には同じ航路で操縦士として復帰している。

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